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2023/10/2

アキラの映画日誌#011 アルキメデスの大戦

              戦争映画は過去、無数に作られて来ましたが、その殆どは戦争映画=戦闘シーン映画 でした。この作品でも冒頭の数分間、激闘の沖縄特攻の末、戦艦大和が太平洋に沈んでいく象徴的シーンがありますが、戦闘シーンはそれだけです。あとの98%は数学で日米開戦を回避しようと命懸けで奮闘した若き天才数学者のお話です。

 物語は1933年(昭和8年)太平洋戦争の7年前、海軍省内での巨大戦艦建造にまつわる海軍軍人同士の戦いが舞台です。海軍少将山本五十六(舘ひろし)・中将永野修身(國村隼)は航空主戦派(巨大戦艦は不要・今後の海戦は航空機が主流になるという考え方)、対する海軍大臣大角岑生(小林克也)少将嶋田繁太郎(橋爪功)造船中将平山忠道(田中泯)は、あくまで大艦巨砲主義(巨大な戦艦による強大な砲撃こそ日本海軍伝統の真髄だという考え方)です。後者の考え方は、遡る1905年の日露戦争に於いて、ロシアのバルチック艦隊を劇的に打ち破った日本の連合艦隊の成功体験に裏付けられています。この時の日本側総大将は東郷平八郎で、一躍時のヒーローになりました。  

この作品に登場する山本五十六(後に連合艦隊司令長官)は、よく時世を認識し、なんとか巨砲主義者達を留め、日米開戦に持ち込まぬよう対抗しようとしますが、分が悪い。そこで、偶々知り合った元帝国大学(現東京大学)出身の天才数学者櫂直(かい・ただし 菅田将暉 この人物像は虚構、他の登場人物の大半は実在した)をスカウトして、敵対者たちに当たろうと画策します。櫂直は即、海軍主計少佐の位に着きますが、天才=変人というのが通り相場で、常に巻き尺を携帯し、あらゆるモノを測り続け、数式とそれがもたらす美の世界に耽溺しています。

映画の題名にもなっているギリシャの数学者アルキメデスには「アルキメデスの螺旋」と呼ばれる数式がありますが、螺旋で有名なのは「フィボナッチ数列」と呼ばれるもので自然界の様々なものの中に螺旋の形を見出し、それを数式に仕立てています。この世界で最も美しい螺旋数式だと云われています。

櫂は最初、頑なに協力を拒みますが、山本五十六の「もし、海軍が巨大戦艦を建造すれば、過信と共に日本は必ず戦争を始めるだろう」との言葉に反応し、海軍省内の戦艦建造会議に飛び込んで行き、山本五十六の懐刀的存在となって行きます。そこでの権謀術数の数々、あくまで巨艦建造を遂行するため、表面を糊塗した巨額建造費のマジック、隠された設計図。与えられた厳しすぎる条件と制約時間の余りの短さ。それ等全てに立ち向かい、主人公は信じられない様な手段と量り知れない明晰な頭脳で大艦巨砲主義派を論破するのですが・・・。

撮影記録によると、櫂役の菅田将暉(2022年、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源義経を素晴らしく演じ、鮮烈な印象を残した)  は複雑な数式を完全に暗記し、カット割りなしで一気に板書し、説明仕切ってベテラン共演陣を唸らせています。櫂直に成り切った素晴らしい迫力の迫真場面です。映画の最後に櫂は造船中将平山忠道と対峙します。そこで初めて、平山の徹底した虚無と滅びの美学に充ちた、恐るべきも得心せざるを得ない独白を聞くのですが、平山役の田中泯が圧倒的に素晴らしく、この人物なら単身国を背負ってこれ位の事はやり遂げるだろうと思わせる実在感に溢れています。

田中泯は1960年代に出現した天才舞踏家土方巽の「暗黒舞踏派」の源流に繋がるダンサーで日本独自の舞踏家として世界中で踊って来た人物です。編集工学の第一人者松岡正剛の盟友でもあり、多くの舞台、映画に出演しています。山田洋次の時代劇「たそがれ清兵衛」に凄腕の剣客としてふらりと登場した時の恐ろしい殺気は忘れられません。以前、あるパーティーで氏をお見掛けしました。大勢のパーティー客のなかで彼一人がすっくと立ち、にこやかながら凛として凄みを帯びた雰囲気を纏い、異彩を放っていました。

 原作は三田紀房の漫画「アルキメデスの大戦」。原作では、当時の複雑な背景から多彩な人物像まで実によく調べ抜かれ、描かれていて、一部虚構の話ながら、その緻密さ、複雑さと相俟って抜群の説得感と重量感です。
 映画では海軍内での戦艦大和建造に至るまでの権謀術数の人間ドラマに収斂されていますが、原作では海軍内部に留まらず、陸軍、岸信介を初めとする国家官僚、特高警察、軍需企業とその関係者、零戦の堀越二郎を始めとする技術者、暗躍するスパイ、更にはナチス第三帝国とヒトラー、ドイツ海軍、ルーズベルト大統領率いるアメリカ合衆国、米国陸海軍、更に櫂を慕う女性の儚い恋まで描かれ、正に虚実入り乱れる一大物語が展開しています。  

原作にも登場しますが、1930年代のアメリカ対日本の差は人口2倍、国民総生産5倍、総電力量5倍、石炭生産量10倍、鉄鋼生産量9倍、石油生産量100倍、自動車総数200倍、航空機生産量10倍、船舶建造量2倍。更にこの時点で日本は石油輸入量の55%をアメリカに依存し、総輸入量の40%近くをアメリカに頼っていました。この時点でアメリカは世界最大の工業国家であり、資源の無い日本にとっては最大の輸入元でした。

ごく普通に考えて、そんな国と戦争しようなどとは思いませんよね。陸海軍の中枢にも冷静で優秀な人達は大勢いたと思われます。しかし、それだけ多くの優秀な頭脳が集結しながらも、全ての利害、名誉、プライド、派閥、主義主張が絡みに絡んだ必然の糸に絡めとられて結局戦争に突入せざるえを得なかったという史実が何とも云えません。まして、連合艦隊司令長官山本五十六は若き日、ハーバート大学に留学し、アメリカ国内の現状を熟知していました。

その山本五十六をしても、結局戦争突入を止められませんでした。その結果、軍属200万、民間100万、併せて300万人とも云われる日本人が亡くなりました。この映画は娯楽作品としてとても面白く作られていますが、世界各地で戦争や紛争が日常的に続く今日的意義も含め、多くの若い人たちに観て頂きたい作品です。

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