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2026/09/11

アキラの映画日誌#015 チャップリンの「独裁者」



 世紀を超えて映画史に残る先鋭的な皮肉、諧謔、風刺、批評、危険を顧みない必死の批判、そして無償の愛とユーモアに満ちた傑作です。1940年、第2次世界大戦の真っ只中にこの作品を製作公開したチャップリンの突出した勇気と知恵に心から敬服せざるを得ません。現在でもここまでの作品を作る人はいません。海を隔てた隣国の太って奇妙な髪型をした指導者や、その隣の勝手に任期延長する小太りの指導者や、更にその隣のこれ又小太りのマッチョで冷徹な指導者を思い浮かべても、このような作品を創ることの遥かな 困難さを思うばかりです。         

1918年、トメニア国(映画の中の架空の国、ナチスドイツを想定)のユダヤ人の床屋(チャップリン)は一兵卒として従軍し、図らずも将軍シュルツを救いますが記憶を失くし、ユダヤ人街に帰って来ます。そこで隣人の美しい娘ハンナ(ポーレットゴダード)と恋に落ちますが、国に政変が起こりヒンケル総統(ヒトラーを想定、チャップリンの二役)による独裁政権が誕生します。ヒンケルは突撃隊を使い、ユダヤ人街を襲撃します。ヒンケルの逆鱗に触れ、匿われていたシュルツと床屋は捕まって収容所送りとなります。

その間、ハンナは同居人達と共に必死の思いで隣国オスタリッチ(オーストリアを想定)へ逃げ込み、農園でつかの間の穏やかな日々を過ごします。床屋と将軍シュルツはうまく収容所を脱走し、国境を目指すのですが再び捕まってしまいます。しかし、ここでヒンケルと瓜二つの床屋が兵士たちにヒンケル本人と間違われ、進軍したオスタリッチ国の何万という大群衆の前で歓呼の声に迎えられ、将軍達の前で演説するはめに陥るのですが・・ ・・・。  

サイレント(無声映画)時代を終えたチャップリン初のトーキー(音声入り)映画であり、全編実に緻密なプロットの組み立てで声、音、音楽が入っています。床屋がお客さんの髭を剃るシーンではブラームスの「ハンガリア舞曲」に合わせてチャップリンが全身でリズムを取って実にリズミカルに髭を剃り上げます。

又、映画史上有名な、独裁者ヒンケルが独り執務室の中で風船の地球儀を弄ぶシーンにはヒトラーがこよなく愛したワグナーのリリカルな「ローエングリーン序曲」が流れます。特にこのシーンに於けるチャップリンの身のこなしの見事な軽さ、磨き上げられた軍靴のかかとで地球儀を突いて空中高く舞い上げ、或いは大きな執務机に寝そべっては自らのお尻を突き出して風船の地球儀を空中高く舞わせます。地球そのものを弄ぶ独裁者の底知れぬ奢りと恍惚が見事に表現された素晴らしくも恐ろしいシーンです。

独裁者ヒンケルの話す言葉はどこの国の言語でもないデタラメ言語ですがちょび髭をはやしたその風貌とナチス風の軍服、その身振り手振りで誰が見てもヒンケル=ヒトラーだと分かる仕掛けになっています。     

1940年と言えば、オーストリアやチェコを占拠したヒトラーが更にポーランドに侵攻した翌年であり、正に戦火拡大の真っ最中です。この作品はその年にアメリカで製作されていますが、如何にアメリカ国内とは言え、此処までヒトラー及びナチスの悪行、無謀ぶりを正面切ってケンカを売るように描いた内容なのでチャップリン始め製作側の覚悟は並大抵ではなかったと思われます。淀川長治先生によるとヒトラー生存中に彼に正面から噛みついた映画人は全世界でチャップリンただ一人だったと書いてあります。正に命懸けの製作であった事が伺えます。   
 
劇中登場するナパロニ国(ムソリーニ及びイタリアを想定)をも含め、徹底した風刺、細かいギャグの連発、コミカルな動き、ハラハラドキドキの連続、サイレント映画で培った技の全てがここにあります。この作品の最大の見せ場は最後の床屋の6分間のスピーチですが、世界映画史上に今も燦然と残る、全世界に向けたチャップリンが魂を傾けた素晴らしいスピーチは以下の如くです。     
 
 「申し訳ないが、私は皇帝になどなりたくない。誰も支配も征服もしたくない。できる事なら皆を助けたい。ユダヤ人も黒人も白人も皆んな。私達は皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものだ。私達は皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私達は憎みあったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

  この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで恵みをくれる。人生の生き方は自由で美しい。しかし、私達は生き方を見失ってしまった。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸へ、惨劇へと私達を行進させた。私達はスピードを開発したが、今度はそのスピードによって私達自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれるはずだった機械によって貧困を作り上げてしまった。知識は私達を皮肉にし、その知識は私達を冷たく、薄情にした。
 
  私達は考え過ぎ、そして感じなく過ぎてしまった。私達に必要なのは機械ではなく、人類愛なのだ。賢さよりも優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしでは、世界は暴力に満ち、全てが失われてしまう。飛行機やラジオは私達の距離を縮めた。そんな発明の本質は人間の良心に世界がひとつになる事を呼びかけている。今も、私の声は世界中の何百万人の人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人たちを拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。
 
  私は、私の声が聞こえる人達に云おう「絶望してはいけない」  私達に覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者たちの嫌悪なのだ。やがて憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、奪い取られた権力は人々のもとに返されるだろう。決して人が永遠には生きられないように、自由も滅びることはないだろう。兵士たちよ、獣に身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、君たちを取り込み、食べ物を制限する者たちだ。君たちを家畜にし、単なるコマとして扱うのだ。  
 
 そんな自然に反する者たち、機械の心を持った機械人間たちに身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。心に人類愛を持った人間なんだ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。兵士達よ、奴隷を作るために闘うのではなく、自由のために戦え。

  「ルカによる福音書」の17章に「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間じゃなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中に、なんだ。人間には機械を作り上げる力と共に幸福を作り上げる力があるんだ。人間は、この人生を美しいものに、そして素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。だから、民主国家の名のもとに、その力を使おう。今こそみんなでひとつになろう。
 
 新しい世界のために、誰もが雇用の機会を与えられ、未来を、そして老後の安定を与えてくれる、そんな常識のある世界の為に闘おう。そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばした。しかし、奴らは噓をつき、約束は果たされなかった。これからも決して。独裁者たちは人々を奴隷にする。  
 
 今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にし、国境のバリアを失くし、憎しみと耐え切れない苦しみと貪欲を無くす為に闘おう。理性のある世界のために、科学と進歩が全人類を幸福へと導いてくれる世界の為に闘おう。兵士たちよ、民主国家の名のもとに、今こそ皆でひとつになろう」
 
 映画の中でこのスピーチは大群衆に向かってなされますが、チャップリンは最後に恋人ハンナに向かって呼びかけます。ここがチャップリンの凄みで、つまり語り掛ける相手が全世界全人類から一瞬で個人に収斂するのです。個人というのはつまり、この映画を見ている貴方であり、私です。  又、ハンナというのはチャップリンの実母の名前でもあります。
 
 今、このスピーチを聞いて思い出されるのは2020年の冬、史上初の女性副大統領になったカマラ・ハリスの就任時スピーチです。彼女はこう言ったのです。「私が合衆国最初の女性副大統領になるかも知れませんが、最後ではない。今宵、世界中の小さな女の子たちがこの光景を見た。この国は可能性の国なのだということを」       

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