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2025/05/12

アキラの映画日誌#13 ギターを持った渡り鳥

 
 
 
 それはまだ人々が「愚か」という貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。
       「刺青」 谷崎潤一郎
 
昭和二十年(1945年)八月、日本は敗戦国になりました。軍属民間併せて三百万人以上の人が亡くなり、東京を始め日本中の多くの街々が米軍の空爆によって焼け野原となりました。数えきれない嘆きと共に多くのものが失われましたが、たったひとつのものだけが残りました。「希望」です。記録には「昭和二十年の夏、街は焦土と化し、見渡す限り何も無かった。しかし、空はあくまで青く、その青はギリシャの青であった」と書かれています。残された多くの日本人はその焼け野原の中から逆に一筋の「希望」を見出し、雄々しく立ち上がり、力強く再建に向かって行きました。  
それと同時に、戦勝国アメリカから民主主義と共に怒涛の如くアメリカ文化が流れ込んできました。それ迄長い時を抑圧されて来た人々にとってその多くは驚きと共に初めて目にする明るく開放された世界でした。 そのうちのひとつに「駅馬車」や「荒野の決闘」を始めとするアメリカ西部劇がありました。その頃、アメリカは西部劇の全盛期でした。更に1950年代に入ると「ララミー牧場」や「ローハイド」等のTV版西部劇が数多く制作され、日本に入って来ました。多くの青少年がその自由な暮らしに憧れました。  
そして、この作品(1959年)です。ここには西部劇に深い愛と憧憬を抱きながらも遂にアメリカ人になり切れない登場人物たちとそれを取り巻く疑似西部劇風景色の数々があります。ギターを抱いた主人公滝伸次(小林旭=アキラ)は干し草を積んだ荷馬車に乗って登場します。何故主人公が荷馬車に乗って登場するのか?何故ギターを抱えているのか?今見るとツッコミどころ満載なのですがそんな細かい事はどーでも良いじゃないかと思わせる突き抜けた画面の勢いがあるのです。街に行くとそこには港町の乗っ取りを画策する悪だくみのボス(金子信雄)がいて、そうとは知らずに腕を買われて雇われます。舞台は函館。
ここに拳銃使いジョージ(宍戸錠 当時は拳銃使いという職業がどこかにあると信じられていました この頃の日活映画の主人公をモデルにしたと思われる劇画家さいとうたかをの初期貸本漫画の名作の数々があります 1950~1960年代には貸本屋という商売が日本中の町々にあり、一冊20~30円くらいで主に漫画本等を貸し出していました 町の隅の小さな貸本屋にはキレイなお姉さんがひとりでひっそり店番をしていたりしたのです)が登場し、二人は敵対しながらも最後は共鳴し合って相棒になります。ボスには中原淳一の美人画から抜け出して来たような美少女由紀(浅丘ルリ子)がいて、滝にほのかな恋心を抱きますが、その恋は成就せず、ボスを倒した主人公はひとり船で去って行きます。
 この作品は大ヒットし、「渡り鳥シリーズ」として2年間に8作が制作されました。第一作は未だ従来の日活作品を踏襲したものでしたが、2作目以降その荒唐無稽さはエスカレートし続け、ここに日活無国籍映画作品群が誕生しました。それを支えたのはひとえにアキラルリ子の虚構世界の名コンビと斉藤武市監督を始めとするプロの映画職人集団の結集でした。青い大海原の揺れる船上でのアキラと錠二人のガンプレイによる決闘シーンの見事な構図、暮れなずむ港の岸壁でギターを抱えたアキラがひとり主題歌を弾く短いシーンに充ちる青春のセンチメント。ラストシーンで津軽海峡上いっぱいに拡がる雄大な夏雲をバックに煙を上げて去っていく連絡船の雄姿。まるで泰西名画のような見事な画面構成は秀れた撮影監督高村倉太郎の抜群のセンスが生かされた名シーンの数々です。
 ヒロインルリ子の濡れた大きな瞳をまっすぐ見据えたまま、全く何の衒いもなく「正しい者は常に勝つ。僕はいつもそう信じて戦っているんです」等という歯の浮くようなセリフを小林旭以外の誰が言えましょう。この時、小林旭21才、浅丘ルリ子19才です。その並外れた身体能力の高さで、酒場やビルの屋上、あらゆる場所での危険なシーンも全てスタントなしで実際にアキラ本人が演じています。エースの錠こと宍戸錠もそれによく応え、二人は日活の名物コンビになりました。
かつて小説家小林信彦が快作「オヨヨシリーズ」で喝破したように「ダンチョネ節」を歌いながら敵地に乗り込んだアキラが一小節歌い終わるまで構えたまま待っているボスの手下達。歌い終わると同時に始まるナイトクラブでの大乱闘のお約束。何故かフロアで突然踊り出すダンサー白木マリ。
ヒロインルリ子が悪漢に襲われそうになると、サングラスにシミひとつない白のスーツ姿でどこからともなくギターを持って現れる月光仮面の如きアキラ。勧善懲悪が明確で小林アキラが銀幕のヒーローだった頃。70年代に深作欣二が繰り返し描いた終戦直後の混沌とした闇市の力強くも負のエネルギー群とは全く異なるキラメク宇宙世界がここに拡がっています。日本と日本映画が未だ若く大らかなエネルギーと明日への希望と活力に充ち溢れていた頃、キッチュな魅力一杯の愛おしい作品です。

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